「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」までのネタバレを含みます。
青春ブタ野郎シリーズに登場する花楓・かえでと解離性障害
青春ブタ野郎シリーズは2014年に鴨志田一氏によって書かれたライトノベルである。2018年には「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」としてアニメ化され、2019年に「青春ブタ野郎は夢見る少女の夢を見ない」、2023年春に「青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない」、12月に「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」と3作品で劇場化を行なっている。上映中の「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」では映画動員ランキングで4位を記録した。1この作品に登場する梓川花楓・かえでと解離性障害にはどのようなつながりがあるのかを調べていきたい。
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はじめに
青春ブタ野郎シリーズは青春とSFであり若い世代から人気である。作中に出てくる登場人物たちは思春期症候群と呼ばれる不可解な現象に巻き込まれる。それはなんらかの理由がありそれを解決することによって人物たちは壁を乗り越えいく。
重要な点としてフィクションに対して現実的な考察を行なっている。どこかフィクションとノンフィクション(もしくは現実)と共通する世界観もあれば食い違う場面が出てくることは考慮したい。また、筆者は精神科医や心理士ではないため誤りがあるかもしれない。その場合指摘をいただきたい。
作中の梓川花楓・かえで
(C)2022 鴨志田 一/KADOKAWA/青ブタProject
主人公である梓川咲太(以下咲太)の妹である梓川かえで・花楓(以下元の人格を花楓, 作られた人格をかえでという)は2年前(アニメシリーズから)にいじめを機にして思春期症候群を発症して謎の傷ができる。そこから何日経ったのか不明だが別人格―かえで―が突如現れる。その様子が描写されているのが12話である。目を覚めたかえでは花楓ではなく兄の存在や見当識が失われていた。その後入院して解離性障害と医者から診断される。作中ではかえでとひらがな表記をしている点。これは兄の咲太の提案であり、かえでは日記の氏名を花楓と書こうとしていた。しかし、咲太は別の人格をかえでが受け入れられるようにひらがなで書くように促した。
11話でかえでは「外に出る」などの目標を設定する。そのあと、幼馴染からもらった手紙を読むとその幼馴染の名前を思い出し解離していた一つの記憶が戻った瞬間に意識を失った。その後脳波検査などを行うが異常はなく退院となる。医者によると記憶が戻る兆候と言われている。ここではまだかえである。その後かえでは達成できたなかった最後の目標を達成して寝るのだが翌朝には元の人格である花楓に戻るのである。
画像1
記憶に関してだが画像1のように解離する以前の時期をA、別人格である時期をB、元の人格へ戻る以後をCとする。元の人格へ戻った花楓はBの記憶がない。
現実での解離性障害
DSM-5では解離症群/解離性障害群に解離性同一症/解離性同一障害(dissociative identity disorder ;DID)と解離性健忘(dissociative amnesia)と離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害(Depersonalization)の3つ病名が存在する。解離性遁走は解離性健忘で分別される。今作で関わってくる解離性同一障害とはどのいった障害なのだろうか。中心病像として二つ以上のはっきりと区別されるパーソナリティ状態によって特徴付けられる同一性の混乱, 崩壊, 分裂である2。過去の心的外傷などの影響で、個人が二つ以上の異なる人格を持つ状態である。共通して書かれている解離は現実感覚やアイデンティティ、記憶などが一時的に分離・切断されたり、つながりを失ったりする状態いわゆる不連続性を示す。また、トラウマの内容を覚えている人格が必ず存在する。その人格との再投合が治療として重要になってくる。
症状としては次の診断で紹介するような朝目覚めると部屋の様子が異なるなどの日常の変化や耳が聞こえなくなり、声でも出なくなる機能の喪失、感覚の歪みなどのさまざまなものがある。3
解離性同一障害の診断
画像2
解離性同一障害に対する検査はないが解離症状の評価尺度を行う解離症面接スケジュール(DES)や解離状態スケール(SSD)がある。診断には“1. 2つまたはそれ以上の、他とはっきりと区別されるパーソナリティ状態によって特徴付けられた同一性の破綻である。2. 日々の出来事, 重要な個人情報, および/または心的外傷的な出来事の想起についての空白が繰り返しであり、物忘れではない。” 4(画像2)が必要である。通常DID患者の人格が変わるタイミングは心的外傷の再現やフラッシュバックがきっかけで生じることが多い。5
かえで・花楓を改めて見て
(C)2022 鴨志田 一/KADOKAWA/青ブタProject
花楓は2年前に同級生から「死ね」といったメッセージが送られておりいじめられていることがわかる。また、咲太はいじめと断言している。その後に花楓は思春期症候群と解離性障害を患う。おそらくいじめというトラウマエピソードを持ち、そこから生まれた別人格がかえでではないのだろうか。また、兄の存在すら記憶がない。画像2の診断基準1をかえでという二人目の人格で該当し、診断基準2を元の人格の花楓の記憶がない点で満たすことになる。作中では広義の意味で解離性障害としか診断をされていないが家族の存在すら記憶にない症状を考えると全生活史健忘(Generalized Amnesia)を伴う解離性同一障害(以下DID)と考えられる。
最初は家族や場所さえ記憶にないため咲太には不信感を抱いていた。しかし先ほど述べた日記をかえでにあげる際にかえでとしての人格を受け入れ、かえでは泣き出し咲太を信頼していく。徐々に甘えん坊になりいわゆるブラコンになっていくのだ。
11話の幼馴染からもらった手紙を見て元の人格の記憶の一部を取り戻して意識を失う場面。ここでは人格が交代しないが医者は元の人格へ戻る兆候だと言っている。DID患者で感情的になって意識を失い人格が交代するケースは実在する。
次に人格が変化するのは画像1の11月27日で元の人格に交代している。
画像3
なぜ人格が戻ったのだろうか。戻る直前のエピソードとして11話の「かえでクエスト」で今年の目標(画像3)を立てる。11話では画像3の上の四つと電話に出る目標を達成する。その後12話(11月26日)にプリン購入し夜の学校へ行き全ての目標を達成する。そして翌朝の11月27日に先ほど述べた通り元の人格に戻る。この中の目標で一番達成するのに難しいものは「学校へ行く」である。なぜかというと学校という存在はいじめというトラウマに関わりを持つからだ。今話では昼に学校へ行こうとするも同じ制服の学生を見て恐怖感を抱く。そこで咲太が昼ではなく誰もいない夜の学校にかえでを連れて行く。これは安全な状態でトラウマを再体験する系統的脱感作法(Systematic desensitization)に近い形であると言える。この経験で一時的にトラウマに対処できDIDが改善され人格の交代が見られなくなったと考えられる。一方で11月26日までかえでの人格であった理由としてはトラウマによる防衛機制ではないだろうか。トラウマの対処により防衛機制になるほどの出来事ではなくなり人格の交代が見られなくなったとも考えられる。
ではその先も元の人格が保たれているのだろうか。
劇場版「夢見る少女の夢をみない」では花楓として翌年1月6日に中学校の校門へ行けるようになっている。
劇場版「おでかけシスターの夢を見る」では2月16日に峰ヶ原高校へ受験する。学校へ行くことに恐怖を抱くような描写はなくどちらかというと入試という人生の重要なポイントに緊張しているように感じられる。そして午前の科目を順調に受けることができ、咲太のお弁当を食べる。しかし席を外して廊下に出た際に同じ中学校の制服を着ている受験生と目が合い、見られていることに恐怖感を抱き体調を崩す。その後教室に帰りたくても胸が締め付けられて戻れないと語っていた。峰ヶ原高校や他の受験生には恐怖感がない。ここでストレスなのか心的外傷なのか鑑別する必要が出てくる。
(C)2022 鴨志田 一/KADOKAWA/青ブタProject
2作品前の劇場版「青春ブタ野郎は夢見る少女の夢を見ない」で校門へ行けている。時間帯が不明確なためここで同じ中学校の制服を着た学生を出会ったとは言い切れない。他の生徒が外にない例えば授業中などに行った可能性もある。無事に校門へ行って帰宅できたということだけわかっている。仮にそこの場面で会っていなければ同じ制服を見たのは元の人格に戻ってから初めてとして考えることができる。かえでを見てみると11話の後半11月26日に同じ制服を着ている学生に見られて恐怖感を抱いている。今回も同じように同じ制服の生徒を見たことに対して恐怖を抱いているのではなく制服を着ている学生に“見られる”という行動に恐怖が向いている。ただの恐怖感と片付けることもできるがトラウマの再体験とも捉えることができる。申し訳ないが筆者には鑑別することが難しいため断言はしない。ただ大きな違いとしてここでは人格が交代せず元の人格が保たれている。おそらく今まで学校に関するチャレンジを行ってきてある程度の忍耐力がついていたのではないだろうか。
(C)2022 鴨志田 一/KADOKAWA/青ブタProject
その後花楓は記憶がないもののかえでの努力を日記や周りの人からの信頼感から感じており今の花楓は頑張れてないという思いを保健室で咲太に投げるのだ。あとから花楓はかえでだった頃の目標を無理に達成しようとしていたことに日記を介して咲太が気づく。そして再び花楓が登場したのは2月20日。少し罪悪感を抱いた花楓が登場するのだがここでも人格の交代が見られず以降最新作である「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見る」でも元の人格のままである。しかし前作劇場版とは異なり感動しながら卒業式へ参加している。大勢の同じ学校の制服を着る学生たちがいる場である。ここでトラウマを克服したと捉えることができる。
まとめると元の人格に戻って卒業式に参加するおよそ3ヶ月間は人格が交代しておらず一時的な寛解と言える。現実であればこの先に再発症する可能性はゼロではないため注意が必要である。ここではアニメと劇場版を対象に解析している。劇場版「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない」以降のストーリーは原作で存在するのだがここでは対象外としている。
最後に
作品を見ているとかえでの努力とそれに対してサポートする咲太や桜島麻衣たちの支えで大きく症状の改善へとつながっていると個人的に感じる。思春期症候群は存在しないが解離性障害は立派な精神疾患である。もしかすると青春ブタ野郎シリーズで初めて聞いたという人もいるだろう。これを機会に解離性障害という病気を知ってほしいと考えている。
文献
- MANTANWEB(まんたんウェブ).「青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない:公開3日で興収1.6億円突破 11.9万人動員 前作「おでかけシスター」超えの好スタート 」. https://mantan-web.jp/article/20231204dog00m200050000c.html(2023年12月16日) ↩︎
- 尾崎 紀夫, 三村 將, 水野 雅文, 村井 俊哉. 『標準精神医学 第7版』. 医学書院, 2018, 266p ↩︎
- 岡野憲一郎, 松井浩子, 加藤直子, 久野美智子. 『もっと知りたい解離性障害 -解離性同一性障害の心理療法-』. 星和書店, 2022, 12p ↩︎
- 髙橋 三郎, 大野 裕. 『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き』. 医学書院, 2014, 151p ↩︎
- 前掲注(3), 27p ↩︎
おまけ
サムネイル。フォントはA-OTF UD黎ミン Pr6N。野は雑だけどオリジナルにできるだけ近づけた。